久保利明 娘の女流棋士久保翔子は再婚相手との子?三浦弘行との因縁
久保利明先生のこれまでの歩みについて
久保利明先生のプロ棋士としての戦績
久保利明先生のエピソード
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いやー遂に来ましたよ、振り飛車党総裁こと久保利明先生。
日本全国の振り飛車党を束ねる総裁にして、現在ややトップの場では不利と言われている振り飛車の中
力強く、美しい将棋でアマチュア振り飛車党の希望となり続けている久保利明先生。
今回はそんな振り飛車党総裁、久保利明先生について記事にてご紹介致します。
どうぞ最後までゆっくりとご覧くださいませ。
久保利明 娘の女流棋士久保翔子は再婚相手との子?
久保利明 娘久保翔子は再婚相手の子?
久保利明先生は、一人の棋士としてだけでなく弟子を抱える師匠としても活動しており
その一人に実子である女流棋士、久保翔子先生がいらっしゃいます。
久保利明先生は1997年に結婚をし、男児をもうけるも離婚しており
2006年に所属を関東から関西に移す際、このことを公表されております。
久保翔子先生は2006年生まれなので、離婚した時期等も不明な為判断がつきません。
しかし、父親である久保利明先生を師匠として女流棋士にまで上り詰めるのですから
どのような事情があれど、親子仲が悪くないことは伺えますね。
現在は離婚なんてよくあることですし、子供の問題についてもごくごく耳にする話なので…首を突っ込むだけ野暮だとは思ってます。
久保利明 娘でもあり弟子でもある久保翔子への指導
久保翔子先生が本格的に将棋を始められたのは11歳の頃で、
妹さんが出場する大会に付き添って出場してみた所、1勝した所からです。
それまでは4歳の時に、父親でもある久保利明先生に将棋をやってみたいと頼んで
指導して貰ったのがきっかけだそうです。
しかし久保利明先生、自身の頃と同じようにビシバシと娘の久保翔子先生を厳しく指導したところ
久保翔子先生は一度将棋から離れ、フェードアウトしてしまったのでした。
但し、久保利明先生は娘である久保翔子先生のことをおもってあえて厳しくした訳ではなく
とお互い匙加減が合わなかったことをインタビューの中で語られており、また久保利明先生も当時は
タイトル争いにバンバン挑戦するトップ棋士の一人だったこともあり
と言う観点から、知らず知らずに激辛稽古となってしまっていたようです。
久保利明先生も指導対局と本対局を分けて考えられず、若気の至りと仰っていましたね。
次女も将棋をやっているみたいなのですが、ご自身で指導するのではなく指導棋士の藤内忍先生に指導をお願いし、一から学ばせたようです。
久保利明 久保翔子 親子棋士の絆
小学校5年生の対局で将棋の道に再び戻った久保翔子先生ですが、
関西将棋会館にある道場に通いだし、昇級・昇段を重ねていくうちに
少しずつ女流棋士を目指すという道が開けて来たのでは、と久保利明先生は語ります。
自宅でネット将棋を指すようになったり、詰将棋を解くようになったのを見て漠然と女流棋士を目指しているのではないか、と感じるようになったみたいですよ。
そして久保翔子先生が女流棋士を目指し関西の研修会に入会する際、
師匠の所に名前を書く必要がありお父様である久保利明先生に署名を求めたようです。
年頃の娘さんが父親嫌いだったらこんなことしませんよね?久保利明・翔子親子の絆の深さがわかる話です。
そこからは親子の関係でもありながら、師匠と弟子の関係でもある為
久保翔子先生が研究会など家の外でお父様を呼ぶ際には、「師匠」
反対に久保利明先生が久保翔子先生を呼ぶときには「久保さん」
と呼ぶようにしているそうです。
ちなみに久保翔子先生は振り飛車党総裁でもある師匠、久保利明先生の棋風に似て振り飛車党でもあり、
角交換四間飛車を得意とされているようです。
実際はカルサバ流までは受け継いでおらず、相振り、対抗形ながら
しっかりと受け切る棋風が特徴とのことで、
お父様とはやや棋風が異なるものの、受け切る粘り強さはお父様譲りなのかもしれませんね。
また、久保翔子先生が東京でのデビュー戦の際は師弟関係兼親子関係の間柄を最大限活かして
久保利明先生が事前に色々指導したり、対局中には気になってスマホで久保翔子先生の中継を見る
ABEMAでの番組の際スタジオまで引率されるなど
微笑ましい親子エピソードも語られています。
指導については昔の反省を活かし厳しくしすぎず、第三者トークを上手く使っているようで
「強くなるには詰将棋を沢山やると良いよ」
「年間一万局こなしている人がいるみたいだよ」
と伝え、久保翔子先生にどう響くかは本人に決めさせる、ということをモットーとされているようです。
そんな久保利明先生と久保翔子先生、自宅ではほとんど将棋の話をせず、食事中も将棋の話はなし。
久保翔子先生が好きなアーティスト、NiziUの話を久保利明先生が聞いたり
久保利明先生が大のプロ野球阪神タイガースファンである為、テレビを見ながら野球の話をしたりなど
将棋を離れるとごくごく普通の親子である様子がわかりますね。
これからもどんどん師弟で実力を詰んで貰い、ABEMA師弟トーナメントに親子出場など
様々な形での活躍を期待せずにはいられません。
久保利明 生い立ち プロ棋士としての戦績 棋風
久保利明 生い立ち~プロになるまで
久保利明先生は1975年に将棋の街、兵庫県加古川市にて誕生します。
将棋を始められたのは4歳の頃で、お父様の手ほどきを受けて始められました。
早々にお父様が敵わなくなると、更なる腕試しにと加古川市から神戸市にある将棋道場、神戸将棋センターへ。
そこで席主でもあり師匠でもある淡路仁茂先生と出会い、指導対局をします。
当時4歳の久保利明先生と淡路仁茂先生との手合いは、19枚落ち。
つまり裸玉との対局だったのですが、玉一枚を詰ませることは出来ず、
淡路仁茂先生に取られた駒が次々と自陣に襲い掛かって来る様に対処が出来ず、悔しい敗北。
悔しいと同時に「取った駒を自分で自由に使える」所に興味を持たれたのがきっかけでした。
その後着実に実力をつけ、小学校5年時に小学生子供将棋名人戦にてベスト4に入ると(優勝は鈴木大介先生)
同年、奨励会に入会します。
奨励会時代は、既にプロになっていた故・村山聖先生や井上慶太先生から沢山学んだこともあり順当に昇級・昇段を重ねていきます。
当時プロ棋士が奨励会員に声をかけて将棋を指すなんてことは考えられないと久保利明先生も語られていますね。
そんな優しさを持った村山聖先生、
当時久保利明先生のライバルだった矢倉規広先生、立石さん(現在医師)と3人を自宅に招いて研究会を行う等とことん面倒見がよかったみたいです。
13歳で初段になり、16歳で三段に昇段。
三段リーグ一期目は、13勝5敗で次点(3位)と悪くない成績を収めます。
しかし最終戦で負けたことが悔しかったのか、
まだ17歳で誰もがプロになり、タイトルを取るような棋士になると疑わない実力の久保利明先生が
最終局で負けた後、対局室を出た薄暗い廊下で一人泣いているのを当時奨励会員だった野月浩貴先生が目撃していました。
まだ17歳で、次の三段リーグで絶対に上がれると周囲の棋士からも思われてる時点で、その当時の久保利明先生は相当の実力者であったことが伺い知れますね。そして負けず嫌いなのも…
二期目は周囲の見方通り14勝4敗の成績を収め、川上猛先生に次ぐ2位にて四段昇段を決めたのでした。
久保利明 プロ棋士としての戦績
久保利明先生のプロ棋士としての実績ですが
タイトル挑戦15回、タイトル獲得期数7期のトップクラスの成績を誇ります。
タイトル獲得期数7期は2024年時点で歴代12位の記録となっています。
以下内訳をまとめました。
初めてのタイトル戦は2000年の棋王戦で、相手は羽生善治先生。
1勝3敗で惜しくもタイトル奪取を逃すと
そこから2007年までの間に通算で4度羽生善治先生にタイトル戦で挑戦し
4度とも退けられてしまいます。
しかし2008年度、棋王戦で佐藤康光先生を相手に5度目のタイトル戦に挑むと
3勝2敗のフルセットで棋王を奪取し、念願のタイトル獲得となりました。
2010年には王将戦で羽生善治先生を相手に五度目の挑戦を挑みます。
結果4勝2敗にて羽生善治先生を破り、5度目の挑戦にして羽生越えを果たすと共に
振り飛車党として37年ぶりの二冠王となったのでした。
また、一般棋戦においても6回の優勝を誇り
JT杯 2回
NHK杯戦 1回
ネット将棋 最強戦 1回
勝ち抜き戦5連勝以上 1回
銀河戦 1回
にて優勝経験があります。
順位戦は最高峰であるA級に通算13期
竜王戦は1組に通算14期
の在籍実績があり、現役振り飛車党棋士の中では名実共にトップクラスの成績を誇ります。
その他、珍しい記録として
2冠を保有しながらA級からB級1組へ降格(史上初)
があります。
久保利明 棋風
久保利明先生の棋風と言えば、振り飛車党総裁の名の通り振り飛車党であり
過去には久保利明先生、鈴木大介先生、藤井猛先生と共に振り飛車御三家と呼ばれていました。
振り飛車党としてタイトル戦に出た菅井竜也先生も、久保利明先生のことを尊敬されており、久保利明先生の棋風を参考にされていらっしゃいます。
棋風としては振り先を三間、四間、中飛車と特定の筋に絞らずオールラウンドに振り、
駒の軽い捌きを重視する「カルサバ流」で、「捌きのアーティスト」の異名も持ちます。
しかし相振り飛車にするとあまり勝率がよくなかったことから、40代以降は対抗形を自らの土俵とし
相手が飛車を振った場合は飛車を振らず、居飛車として指すことも増えてきました。
駒の軽い捌きを重視する一方、形勢が悪くなると師匠でもある淡路仁茂先生のように
粘り強く差し回し、相手に決定的な手を指されないよう食らいついていく強さも持ち合わせています。
振り飛車党独特の感性と、局面が悪くなっても粘って逆転の目を探し続ける粘り強さは
アマチュアの振り飛車党にとっても非常に参考になりますね。
久保利明 不戦敗 ソフト不正使用による三浦弘行との因縁 護摩行エピソード
久保利明 叡王戦で不戦敗
久保利明先生は、過去に叡王戦での対局時に時間を間違えてしまい、不戦敗になってしまったことがあります。
対局規定により1時間経過しないと不戦敗となる為、久保利明先生の盤側の駒まで並べて正座している豊島将之先生が見ていて滅茶苦茶シュールですね…
結果、東京にある対局場に向かうことは出来ずに久保利明先生の不戦敗が決定してしまったのでした…
その後6時半からの対局前の中継にて出演の上謝罪し、後日豊島将之先生とエキシビジョンマッチを行うことになったのでした…
ソフト不正使用疑惑と三浦弘行との因縁
2016年に将棋界全体を揺るがす騒動となった、三浦弘行先生の
将棋ソフト不正使用疑惑事件について一番最初に告発したのが久保利明先生でした。
結果的に三浦弘行先生の疑惑はシロとなり、騒動は収まったものの
複数の棋士を巻き込み、一時的に将棋界にネガティブなイメージがついたことは間違いなく
長時間の離席についても、久保利明先生の勘違いが発端となっています。
勿論勝負師として、疑われるようなことを目の前でされたら穏やかでいられないのはわかりますし、AIによるソフト解析が進みだしたこともあり、業界全体でやや神経質になっていたのは理解出来ますけども…
久保利明先生が起こした小さな種火が、ありとあらゆるところから油を注がれ
結果的に大炎上してしまったことについてはご本人にとっても本意ではなかったことでしょう。
勿論久保利明先生が三浦弘行先生を貶めるという悪意はないと信じてはいますが、
久保利明先生の告発に限らず、関わった棋士の先生方の主張の部分と根拠の部分については
やや大雑把で意図がわかりにくかった印象が拭い去れません。
いつか通るかもしれなかった道とは言え、自分達でその道を獣道のように過酷にしてしまったことについては
棋界にとっても損失でしたし、現在のように端末の持ち込み規制や対局時の外出禁止など
策が講じられてしまったことで、良い意味での大らかさも失われてしまって個人的には残念に思います。
とはいえ今後三浦弘行先生と盤を挟む機会があったとしても、変な因縁を残さず
目の前の81マスでの戦いに全力を尽くしてほしいものですね。
心技体が大事 護摩行修行
スポーツや武道等でよく言われる、心技体の話。
若い頃の久保利明先生は、心技体ではなく技術が一番だと思っていたようです。
しかし20代半ばになり、A級にも上がると様々なプレッシャーが襲い掛かり
手が伸びなくなったり、対局中の食事も喉を通らなくなることがあったようです。
そんな環境を打開しようと向かったのは鹿児島県にある護摩行を行うお寺、最福寺。
護摩行とは約1m先の距離にある、護摩という燃え盛る炎の前に座って真言という仏の言葉を唱え続けるもので
炎が近づいてくると身体に水ぶくれができ、油断すると意識を失う程非常に過酷な修行だそうです。
阪神タイガースにいらっしゃった金本知憲さんや、現在広島東洋カープの監督でもある新井貴浩さんなんかも最福寺で護摩行やられてましたね。
阪神タイガースファンの久保利明先生、もしかしたらそこから着想を得られたのかも…
いわゆる精神修行の一環で行われることが多く、良い将棋を指すには精神力の大切さを知った久保利明先生。
また護摩行だけでなく、メンタルトレーナーの先生との面談も取り入れることにします。
初めての相談をしているうちに、苦しそうに話していたからか、メンタルトレーナーの先生から
といきなり核心を突かれます。
更に矢継ぎ早に
強いもかもしれないけど、それって楽しいですか?
100回やって100回勝つ勝負って楽しいですか?
勝つか負けるかわからないのが勝負だから楽しいんでしょ?
とズバズバ本質を突いたことをメンタルトレーナーの方から言われたことで、
久保利明先生の中で凝り固まっていた「勝たないといけない」という呪縛が少しずつ解けていきます。
当時は少しずつ実力をつけてきており、トップ棋士にも勝負出来るようになり
少しずつ自らの立場も上がってきたことゆえの心境だったようですが
メンタルトレーナーの先生の言葉を聞いて、少しずつ負けることに対する恐怖が和らいでいくのでした。
如何に将棋がメンタルゲームなのかがよくわかる話ですね。
そしてそんな久保利明先生が語られた名言、
と言う言葉は、振り飛車党の方に限らず多くの方々に勇気を与える言葉として今も称えられています。
久保利明の著書
久保利明の三間飛車
久保利明の三間飛車
久保利明先生の三間飛車に関する著書です。
三間飛車定跡と言えばこの一冊。
合計51局の三間飛車対局が記載されており、振り飛車+美濃囲い
と言う古典的な戦法以外にも、平成末期~令和までの棋譜も記載されています。
久保利明先生も時代に合わせアップデートされていらっしゃるのが棋譜を見ると凄くよくわかりますよ!
久保利明の四間飛車
久保利明の四間飛車
こちらも三間飛車同様、四間飛車の対局が51局記載されています。
ノーマル四間飛車だけでなく、少し捻った形の定跡も記載されており
振り飛車党にとっては必読の一冊となります。
久保利明 さばきの一手
久保利明 さばきの一手
久保利明先生の捌きの神髄が随所に書かれています。
久保利明 粘りの一手
久保利明 粘りの一手 (マイナビ将棋BOOKS)
久保利明先生の粘りに関する一冊です。
通常、粘りや受けの手と言うのは自らにとって不利な局面の際に行う非常手段ですが
相手に決定的な着手をさせないよう、局面をより複雑にしたり
リードを拡げられないように正確に指して最小限の被害で抑える等
使い方は様々。
その粘りの一手が、100題に渡って描かれています。
まとめ
本日も最後までご覧頂きありがとうございました。
振り飛車党総裁として輝かしい実績を残されて来た久保利明先生
心技体を大切にし、まず自らに勝つことを実践される久保利明先生
弟子でもあり娘でもある久保翔子先生を温かく見守る久保利明先生
これからも振り飛車党総裁としての戦績だけでなく
弟子でもあり娘でもある久保翔子先生のご活躍、そして今やマイナーとなってしまいがちな
振り飛車党の復権を目指し更なる普及・ご活躍に精進される久保利明先生を応援します。
ダン
コメント
コメント一覧 (6件)
[…] 関西A 佐藤康光先生、久保利明先生、稲葉陽先生、船江恒平先生、富田誠也先生、出口若武先生、西田拓也先生、上野裕和先生 […]
[…] 谷川浩司先生や久保利明先生など猛虎党の先生方にも負けないくらいの猛虎愛をこれからも見たいものです。 […]
[…] また、2016年の叡王戦で久保利明先生との対局の際は […]
[…] これは2024年現在でもわずか5例しかないレアケースですね。直近ですと西山朋佳先生も14勝4敗で四段になれませんでした。この時の昇段は川上猛先生(15勝3敗)と久保利明先生(14勝4敗)でした。1期目と言うこともあり前期順位が下位だった不運もあります。 […]
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