三浦弘行 真相 将棋ソフト不正使用疑惑と現在
三浦弘行先生の将棋ソフト不正使用疑惑の真相について
三浦弘行先生のプロ棋士になるまでの歩みと実績について
三浦弘行先生のエピソードについて
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三浦弘行先生と言えば現在でもトップクラスの棋力を誇る棋士として有名で
タイトル獲得経験もあり、2024年現在もB級1組で鎬を削る実力者です。
そんな三浦弘行先生ですが、過去には将棋ソフトを対局中不正に利用したという疑惑が上がり
将棋界を飛び出して世間を巻き込む大きな騒動となりました。
果たしてどんな結末を迎えたのか。そして三浦弘行先生のこれまでの人生とは。
今回の記事でじっくりご紹介しますので、是非とも最後までごゆっくりとお読みくださいませ。
三浦弘行 真相 将棋ソフト不正使用疑惑
三浦弘行と将棋ソフト不正使用疑惑
三浦弘行先生が対局中に将棋ソフトを不正に使用していたという疑惑が報じられたのが
2016年頃から2017年頃の間になります。
この頃は将棋でも結果を出しており、第29回竜王戦の挑戦者決定戦で
丸山忠久先生を破り、当時竜王であった渡辺明先生への挑戦を決めました。
その当時から、研究にコンピューターを用いることが多かった三浦弘行先生。
以前から複数の棋士から対局中の不自然な離席が多かったことや、当時棋士であった
橋本崇戴さんがX(Twitter)上で
ということを呟いたことで疑念が向けられるようになります。
ちなみに最初に異を唱えたのは久保利明先生だったことが後に判明します。
連盟の対応とその後の動き
久保利明先生が異議を唱えたのは三浦弘行先生が竜王戦で挑戦者となる2016年9月8日より前の出来事で、
竜王戦決勝トーナメントで7月26日に三浦弘行先生と対局を行い、勝負所となる終盤戦で
長時間の離席が多かったことにより不信を抱いたことが発端です(後に久保利明先生の勘違いと判明。)
7月29日に、当時将棋連盟の会長であった谷川浩司先生も参加する関西の月例報告会の中で
対局中に将棋ソフトを用いて不正に指すことを防止する為に電子機器(スマホなど)の持ち込みを規制することが必要であることを主張します。
8月4日には全棋士・女流棋士に向けて、将棋連盟より
が通達されたのでした。
この通達後に行われた竜王戦挑戦者決定戦の2局目、3局目は
当時の連盟常務理事、理事が三浦弘行先生の夕食後の行動を観察されていましたが
離席が多かったものの、不審な点は見当たらなかったという結論となります。
公式戦出場停止処分まで
竜王戦にて対局予定であった渡辺明先生は前哨戦となるA級順位戦で10月3日に対局し、敗北後に
観戦記者や当時AI将棋の申し子とと言われていた千田翔太先生らを交えて意見交換をしたことや
久保利明先生との対局記録、離席の回数、将棋ソフトとの一致率等を勘案した結果
と感じ、数日後の10月10日に当時連盟の常務理事であった
島朗先生のご自宅で複数の棋士を交えて再度意見交換を行います。
意見としては
三浦弘行先生の不正への疑念
疑わしいものについては結論を出せない
三浦弘行先生本人から事情を聴くべき
等の意見が出たものの、疑惑を否定する棋士がいなかったことを重く受け止めた連盟は
翌日11日の常務会に参加するよう三浦弘行先生に要請します。
意見交換の場で渡辺明先生は不正を行った三浦弘行先生とは対局するつもりはない旨を述べられたんだ…
翌11日の常務会に出席した三浦弘行先生は自らの潔白を主張し、ソフト推奨手との一致率や離席についても説明をしましたが
将棋界全体から追及の目を向けられている状況でとても対局を行うことが出来ない為、
調査を前提とした休場の意向を伝え、更に自主的に所有しているPCやスマホのアプリを撮影した資料を提出。
休場届の提出可否については、三浦弘行先生の代理人と相談して決めたい旨を伝えました。
その後三浦弘行先生から連盟側に休場届を提出しないことを通達しますが、
期限内に休場届が提出されなかった(期限は12日の15時)を理由に
連盟は三浦弘行先生を2016年12月31日まで公式戦出場停止処分としたのでした。
この処分により、三浦弘行先生は竜王戦の挑戦者としての座だけでなく
王位戦の予選不戦敗、朝日杯オープン戦の不参加等の不利益を被ることとなりました。
反論と第三者委員会の設置・結論
公式戦出場停止処分となった後、三浦弘行先生はNHKの単独インタビューに答えて
改めて自らの潔白を主張し、連盟にも反論文を提出した上で
弁護士と協力して対応していくことを伝えます。
すると聞き取りは終わったと主張していた将棋連盟も10月27日に第三者委員会の設置を発表し
三浦弘行先生の出場停止処分の妥当性や対局中の行動等について
外部の知見を借りて調査することとなりました。
設置から約2か月後の12月26日に、第三者委員会は
三浦弘行先生がソフトを不正利用した事実がないこと
疑惑が残る中で竜王戦が迫っていており、混乱する恐れなどを鑑み出場停止処分はやむを得ない
ことを発表したのでした。
これにより出場停止期間中不戦敗となった順位戦も張出(休場した場合等一番下の順位で翌年を戦う)の救済措置が取られました。
また、第三者委員会の発表を受けコメントした三浦弘行先生ですが、一部抜粋すると
「無理なんでしょうけど、元の状態に戻してほしい。叶わないでしょうが、竜王戦を…難しいんでしょうけど、元の状態にもどしてほしい」
「私個人のことだけでしたら、なんとか耐え切れたのかなと思うんですけれど。家族が参ってまして…本当に、なんでこんな仕打ちを受けなければいけないのかなと。ちょっと家族がひどい目にあったのは思うところがあって。詳しくは言えないが、家族にすごい迷惑をかけていたのが申し訳ない」
「連盟も今回の騒動で大変な被害を被ったと思うんです」
「谷川会長にはとても感謝しています」
「悪意を持って私のことや将棋界全体を苦しめた一部のメディアと一部の棋士、そして私が不正をしているという噂をまき散らし将棋界を無茶苦茶にした観戦記者の小暮克洋氏だけは、許せないという気持ちはあります」
「文春報道が私の人生を狂わせるきっかけになったのは紛れもない事実」
と複雑な思いを述べています。
騒動収束後の将棋界の動きと和解・現在
第三者委員会の結論により、三浦弘行先生の潔白が証明される形となりました。
疑惑を疑っていた渡辺明先生や橋本崇戴さんは直接三浦弘行先生に謝罪し
将棋連盟の会長であった谷川浩司先生、そして島明常務理事は年明け2017年の2月6日に責任を取る形で辞任。
(谷川浩司先生の辞任理由は表向きには体調不良とされています)
同日佐藤康光会長・井上慶太常務理事の体制となると
翌2月7日に将棋連盟として正式に三浦弘行先生に対し謝罪を行いました。
その後2月27日の臨時総会にて理事3名が解任される等の動きがあり
5月24日には正式に将棋連盟と三浦弘行先生との和解が成立しました。
和解の内容としては
三浦弘行先生が将棋ソフトを不正に利用した事実はない
将棋連盟が三浦弘行先生を出場停止処分にしたものは許容される範囲でありやむを得なかった
三浦弘行先生は連盟に対し本件に関することで民事訴訟を行わない
連盟は三浦弘行先生が民事訴訟を行わない代わりに補償金を支払うこと
となっており、連盟が三浦弘行先生の名誉回復に努めることも発表されました。
将棋界を揺るがす大騒動となった本件であり、三浦弘行先生の潔白が証明される形で幕を閉じたのですが
世間への将棋界に対する冷ややかな目は小さくなく、温厚で有名な佐藤康光会長が居酒屋で
「やってらんねえ!」と声を荒げたり、その騒動を収束させようと尽力した先崎学先生が
後日うつ病を患う等あちこちでも波紋を広げたのでした。
この騒動の後に将棋界は冬の時期が到来するものだと思っていましたが、そこで現れたのが藤井聡太先生…
ネガティブなイメージを一気に払しょくする程の話題を次々に打ち立てていくのでした。
如何に将棋界の救世主的存在であるのかが改めて振り返るとよくわかりますね。
本件は何故起きたのか
結果的に現在に至るまで将棋ソフトの不正使用を防止する動きが取られている訳ですが
何故このタイミングでこのようなことが起きたのかを独断で考えてみました。
結論は
と言えるでしょう。
実際に2017年の電脳戦では、当時名人であった佐藤天彦先生が
将棋ソフト最強であったPonanzaに敗れ、この瞬間にコンピューターが人間を実力で上回ってしまったことを
客観的に示すこととなりました。
将棋ソフトが発生した1990年代は、まだまだ将棋ソフトの実力も弱く
棋士がコンピューターに負けることなど想像がつきませんでした。
しかしテクノロジーの進化に伴いコンピューターはどんどん実力を蓄えていき
棋士に肉薄するようになると、棋士の中でも将棋ソフトを自身の研究に取り入れることが少しずつ増えてきました。
そうなってくると将棋ソフトが提案する手を代わりに指し続ければ、対局の際有利になる。
しかし技術の進歩が速く、将棋ソフトを利用して指す不正を防ぐ為の仕組みが追いついていない。
そして棋士も人間の手なのか、AIの手なのかが当時はよくわかっていなかった。
(AIと一致率90%という話も出ましたが、現在の藤井聡太先生もAI推奨手との一致率は極めて高いです)
なので、AIの推奨する手と一致+不自然に離席が多い=不正を疑う
という流れになってしまったのだと思います。
そもそも棋士が現在程将棋ソフトを上手く取り入れられておらず、
まさにソフトを利用した研究の過渡期だったことも原因と考えられるでしょう。
最初に疑念を持った棋士の先生も、それに同調した先生も…あくまで相手は将棋ソフトであって、三浦弘行先生の人間性に疑いを向けたりした訳ではなく、「人間より強くなった将棋ソフトの推奨手を対局に反映させることで、公平性が保たれなくなる」ことを危惧しての行動だったのだと察します。
また、竜王戦は将棋界でも最高峰のタイトル戦です。
そのスポンサーである読売新聞社が不正騒動を極めて嫌っており、
その渦中の人間を自分達がスポンサーするタイトル戦に出場するなんて絶対にNGだと噛みついた為
連盟としてはスポンサーの意向を組まざるを得ず、出場させない判断をしたと
橋本崇戴氏がかつてYoutubeライブにて語られていました。
(スポンサーを降りる・降りない等の話になったとか。事実関係は不明)
報道関係ですから、疑惑やゴシップを一番嫌うのはわからなくもないですね。
ある意味、三浦弘行先生が将棋ソフトと棋士との関係、距離感がよく掴めていない状態の中で
スケープゴートにされてしまった感はあります。
実際にこの騒動が起きてからは対局の際の不正は確認されていませんので
過渡期であるタイミングで、それがたまたま三浦弘行先生であったことは不幸と言う言葉で表現できない程です。
これからプロ棋士になる世代は、奨励会時代から当たり前のようにソフトを用いて研究してきたような世代です。
このような過去の事件を教訓に、ソフトと共存しながら
盤上では正々堂々と棋力の向上・そして勝負に徹して欲しいものですね。
三浦弘行 生い立ち プロ棋士の実績 棋風
生い立ち~プロ棋士になるまで
三浦弘行先生は1974年に群馬県高崎市で生まれます。
将棋を始めたのは小学校3年生の頃からで、
大学時代将棋部でアマ四段で強豪であったお父様の手ほどきを受けました。
そこから1年程立ち、お父様からアマ4級程度の棋力があることを認められると
当時住んでいた埼玉県の北本から大宮にある将棋センターに通うようになり
約7~8月で初段、小学5年生で3段、小学6年生で4段の実力となります。
小学6年時に研修会に入会し、中学1年時にC1クラスにて奨励会試験を受けますが
3連敗で不合格となり、翌年中学2年時の奨励会試験にて合格、奨励会に入会します。
奨励会入会後は順当に勝ち星を重ねると高校1年で初段、高校3年で3段に昇段します。
そして三段リーグ三期目の第11回奨励会三段リーグで13勝5敗の成績を挙げ、
18歳にて四段昇段、プロ入りを決めたのでした。
プロ入り後の実績
プロ入り後の三浦弘行先生の戦績ですが、一番のハイライトは棋聖のタイトルを獲得したことでしょう。
しかもそのタイトルはただのタイトルではなく、
当時絶対王者であり、七冠を保持していた羽生善治先生の一角を崩してのタイトル奪取ですから
相当なものであることが伺えます。
今で言う藤井聡太八冠から初めてタイトルを奪取したくらい凄いことなんだよ!
その他タイトル戦には5度出場されています(件の竜王戦は含まず)
また一般棋戦でも新人戦、NHK杯、JT杯で各1度、計3度の優勝を誇ります。
順位戦は現在B級1組ですがA級に通算19期、
竜王戦は現在2組ですが1組に通算13期とトップ棋士と言える実績を誇ります。
まだまだこんなもんじゃない三浦弘行先生の将棋をこれからも見たいですね!
棋風
三浦弘行先生の棋風は居飛車党で、矢倉や相掛かり、横歩取り、角交換と言った本格的な差し回しから
玉を固く囲い、細い攻めを繋げていくのが大きな特徴です。
しかし右四間飛車や相横歩取り、横歩取り3三桂など他の棋士が採用しない戦法を用いることも多く
NHKの将棋講座では右四間飛車の講師も務めた程。
また、幼少期より親交のある行方尚史先生によると当時より研究家なようで
盤面全体を使った大局的な作戦ではなく、盤面の局所的な戦いには滅法強いとのことで
中盤~終盤にかけ局所的な戦いで得たリードを他の局面にも拡げていき、勝利を手繰り寄せるのが
とても上手いとのこと。
今ではAIの研究により、相掛かりの出だしで飛車を2八まで引くのは珍しくないんだけど、当時は2六の浮き飛車が当たり前だったんだよね。それを2八まで引いたのが三浦弘行先生。当時から定跡を見直し、再構築していくのも長けていたようですね。
研究家であることは様々な戦法を採用することからもよくわかります。
これからもAIに囚われすぎず、より自由で多面的な戦法を盤上でも表現して欲しいものですね。
三浦弘行 ミレニアム囲い 藤井猛 杉本昌隆とのエピソードなど
ミレニアム囲い創始者
三浦弘行先生を語る上で避けて通れないのが、ミレニアム囲いの考案者であること。
もともとは中村修先生が構想を持っていたものに三浦弘行先生が手を加え実戦で使用。
2000年前後に公式戦他の棋士も指すようになり、名人戦でも丸山忠久先生が採用したことで
棋士達の間でも市民権を得るようになりました。
ミレニアム囲いは当時猛威を振るっていた藤井システムに対抗する囲いの一つで
角と桂馬の活用で上部からの攻めに対し有効であることが特徴です。(下記先手側は一例)
2001年に升田幸三賞を獲得したものの以後なかなか実戦で指されることはありませんでしたが
2018年以降再びミレニアム囲いに回帰するような動きも見せており、これから更に定跡が変化していくのか
注目の戦法となっています。
ソフト研究でも有効手として認識されたんでしょうか?ミレニアム囲いからの変化にも期待ですね!
藤井猛との腐れ縁
三浦弘行先生を語る上で欠かせないのが藤井猛先生でしょう。
同じ群馬県出身の棋士にして藤井猛先生が年上、更に師匠が同じの先輩弟子とあらば
話題には事欠きません。
外部から見ているとヒヤヒヤするような煽りあいを繰り広げ、年に一度くらいの頻度で
それなりの喧嘩にはなるみたいなのですが、それでもこの兄弟子と弟弟子の仲は
本人達曰くかなり良いのだそうです。
いやぁ…この表情見る限り滅茶苦茶仲良しですね…
そして三浦弘行先生が2014年に結婚した際はニコ生で藤井猛先生と素敵な芝居を繰り広げます。
群馬を代表する棋士二人ですので、これからも仲良くケンカ?しながら棋界を盛り上げて行って欲しいものですね。
杉本昌隆との縁
三浦弘行先生と懇意にしているのは藤井猛先生だけではなく
現在藤井聡太竜王名人の師匠でも有名な杉本昌隆先生も同様です。
杉本昌隆先生の方が三浦弘行先生と比べて年上ですが、
当時からイベント等で顔を合わせることがあると将棋の話を熱心にされていたようで
名古屋に来られた際は電車の時間ギリギリまで将棋に打ち込まれたり、
形態電話の電池が切れてしまうまで感想戦をするなど将棋に対しストイックな姿勢は
年下棋士ながら非常に見習うべきところがあったようです。
そしてその縁は弟子である藤井聡太先生にも繋がり、藤井聡太先生がまだ奨励会員の頃には
三浦弘行先生のご自宅がある群馬県の高崎市で研究会を行うなど
早くから藤井聡太先生の腕前を目の当たりにもしていたようです。
杉本昌隆先生、藤井聡太先生共に将棋に対する姿勢がストイックな先生と研究会しますよね…腕よりも姿勢が大切だということがよくわかります。
やはり三浦弘行先生の将棋に対する思いや熱意からすると、ソフトを使った不正は考えにくいですよね。
現在も実家のある群馬県高崎市にお住まいの三浦弘行先生ですが、東京に住まない理由は
だそうです。やはり将棋一途ぶりが伺えますね。
木村一基の結婚式で詰将棋
三浦弘行先生の将棋に対するストイックさは様々なエピソードがあるのですが、
一番は木村一基先生の結婚式の際に出席された際ずっと詰将棋を解いていた、ということでしょう。
現在の永瀬拓矢先生とどちらがストイックだったんでしょうか…
一日10時間将棋の勉強といい、まんま現在の永瀬拓矢先生なんですよね…
このストイックさが、多才な戦法を扱える三浦弘行先生の将棋の奥深さに通じているのだと思います。
誠実な人柄
また三浦弘行先生は将棋に一途だけでなく、人としても誠実な人柄が特徴です。
ABEMAトーナメントのリーダーとして出場した第三回大会、三浦弘行先生は
と言う決めごとを作っていました。
と言うのも人間関係を大切にしたいというのが根底にあり
仲の良い棋士を選んでしまうと、選ばれなかった仲の良い棋士が出てしまうことになりかねない為
そうした選考方法で人間関係に摩擦が生じないようにする、という目的があったようです。
ソフト不正使用疑惑の際のコメント一つ一つにも、人間としての誠実さというか、器の大きさを思わされるコメントが随所に出ていましたよね。
自分だけが良ければいい、ではなくて常に相手のことを慮る行動が出来る三浦弘行先生は
やはり棋士だけでなく人としてもリスペクト出来る方ですね。
元首相が従兄弟!?
三浦弘行先生の祖父様と群馬県が生んだ元首相の福田赳夫さんは従兄弟だったこともあり、
幼少期から親戚同士で交流があったようです。
祖父様と福田赳夫さんは一緒に勉学の為に東京に出て、晩年祖父様は主治医として福田赳夫さんを担当されたようです。
ちなみに福田赳夫さんの妹様曰く、三浦弘行先生の祖父様は三浦弘行先生同様服装には無頓着だったようです。
福田赳夫さんは一本筋の通った政治家で、あの田中角栄さんとも政治の世界でやりあう程の豪傑でありながら
周囲には気配りの出来る素晴らしい方だったようです。
福田赳夫さんと直接血は繋がっていなくとも、そういう方に好かれる雰囲気は祖父様譲りなのかもしれませんね。
まとめ
最後までご覧頂きありがとうございました。
三浦弘行先生の将棋ソフト不正疑惑は完全にシロ
羽生善治七冠の一角を崩し、A級19期在籍等実力もトップクラスの三浦弘行先生
将棋へのストイックさや実直さが人気の三浦弘行先生
これからも更なる三浦弘行先生のご活躍を願っています。
ダン
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