田村康介先生のプロ入りまでの歩みについて
田村康介先生のプロ入り後の戦績について
田村康介先生のエピソードについて
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田村康介先生と言えば将棋界屈指の巨体を誇り「田村親方」の愛称で親しまれています。
独特な棋風に朴訥とした人柄、そして盤外でのパフォーマンスなどで
多くの将棋ファンを魅了する人気の先生の一人です。
今回はそんな田村康介先生についてブログにて紹介致します。
どうぞ最後までごゆっくりとお読みくださいませ。
田村康介 親方の早指し 大食いエピソード
田村流喧嘩殺法は病気レベルの超早指し
田村康介先生の棋風は非常に独特で、定跡に沿った差し回しと言うよりも
超力戦調の将棋を指すのが特徴です。
しかも棋界屈指の超早指しで有名で、その棋風を自身で「喧嘩殺法」と名付けており
ファンからはその超早指しの棋風から「マッハ田村」のあだ名を拝命されています。
いい手が見えた!と思ったら即指すスタイルなんですよね。反面読み抜け等も多くなるんですが、後先考えずガンガン行くスタイルは非常にスリリングで面白いです。
ご本人も読み抜けが出てしまうことは自覚されており、早指しゆえ発生した中盤でのうっかりについては
「病気だね、これは」と嘆かれている様子も見られました。
とはいえ思考の瞬発力を活かした病気レベルのスプリントは観るものを魅了し
そして相手も早指しだった場合、それはもはや将棋ながら一つのアートのようなものになってしまうことも。
同じく早指しである糸谷哲郎先生とNHK杯にて対局された際は、ボクシングのように
鋭い手筋の応酬で病気レベルのスピードで対局が進み、
解説者のマンモス 豊川孝弘先生、中村桃子先生もついていけない程でした。
お二人で解説している最中もペチン、ペチンとどんどん手が進んでいき解説が追いつかない状況に。
そして対局そのものは30分程で終了したものの、感想戦で「初手から詳しく」
と言う要望により放送終了までの約1時間感想戦を行うという事態に。
感想戦が対局時間の倍…前代未聞ですね
ちなみにNHKでの早指しは糸谷哲郎先生に限った話ではなく
あの木村一基先生と対局した際には早指しで破り、木村一基先生を軽くキレさせています。
現在でこそABEMAのフィッシャールールによる超早指し戦が
カテゴリーとして認知されるようになってきましたが、これまでの将棋界では早指しという概念が
なかなか可視化されにくく、それを具現化したと言う意味では田村康介先生が早指しの先駆けと言えそうです。
順位戦が午前中で終了
そんな早指しで矢継ぎ早に指す棋風は相手にも早く指させるような
心理的効果が働くのか、田村康介先生の対局は持ち時間を殆ど使わず
終局まで早いことが多いのが特徴です。
順位戦では双方の持ち時間が6時間であり対局が10時開始、途中昼食休憩、夕食休憩を挟むため
一般的には日付が変わる24時前後に勝敗が決し、そこから感想戦等を行うと
夜中の1時、2時ということも珍しくないのですが
田村康介先生はなんと相手の先生も早指しだった為、順位戦がなんと25分で終了。
※本来は全体で約12時間~14時間要するのが順位戦です。
そのまま感想戦を終えると、相手の先生と真昼間から飲みに街へ出かけられるのでした…
ちなみにこの時だけ格別に対局時間が短かった訳ではなく
順位戦トータルで見ても、夕食休憩を過ぎて指すことの方が割合としては少なく
圧倒的に対局時間、消費時間が短いことでも有名です。
大平武弘先生と順位戦で対戦した際は50%以上の確率で午前中で終わっていたとのこと…
今のご時世、田村康介先生みたいな先生はもう簡単に現れないでしょうね…豪快というか…
その他にも早指しで有名だった櫛田陽一先生(現在は引退)と対局した際は
あまりの早さ(1手3~4秒)で終盤となる70手前後まで進行し、
対局係がついていけず対局が一時中断します。
対局こそ負けたものの
と述べる(消費時間が櫛田先生5分、田村康介先生2分)など違う競技をやっているような感覚に。
ユニークですね…田村康介先生…
親方は棋界屈指の大食い
田村康介先生の魅力は早指しだけでなく、大食いである点も見逃せません。
大食いと言えば、将棋界には加藤一二三先生、丸山忠久先生ら様々な伝説を持つ強豪がひしめき合う世界ですが
田村康介先生も負けていません。
とんでもない量…永瀬拓矢先生が叡王戦の際に頼んだ量も親方であれば完食出来るんじゃないでしょうか…
ちなみに永瀬拓矢先生が過去の叡王戦昼食で頼んだのはこちらです。
そもそもこれを頼んだ永瀬拓矢先生も、大食いが目的ではなく
「口に合うかどうか心配だったから」多めに頼んだだけであり
夕食休憩時には注文せず、昼食の残りをそのまま召し上がられています。
そして実際にニコニコの解説者として出演された際はむじな蕎麦を召し上がられますが
むじな蕎麦がみるみる無くなっていく様が見て取れます。
これには山口恵梨子先生も苦笑い…まぁ次元が違いますもんね…
早指し+早大食いというジャンルで勝負出来る先生は、棋界を探しても田村康介先生にはいないでしょう…
そんな大食いで堂々とした体躯に朴訥とした人柄から、田村康介先生はファンの方から
「親方」「田村親方」と呼ばれています。
最近はタイトル戦の際の将棋めしで脚光を浴びる機会も増えてきています。
勿論藤井聡太先生や、痩身の先生方が召し上がられても良いのですが
田村親方のように、ある程度貫禄のある体格の方がわしわしと召し上がる方が
サマになってかっこいいですよね。
田村康介 鈴木大介 大内延介 ギャンブル キングダム エピソード
師匠大内延介と兄弟子鈴木大介
田村康介先生の師匠は故・大内延介先生であり、兄弟子は鈴木大介先生です。
みんな「介」がついてるのは偶然なんでしょうか…
冗談はさておき、奨励会時代から田村康介先生のヤンチャぶりは有名だったようで
年末に師匠である大内延介先生のご自宅に集まり、大掃除として駒磨きをすることになっていたのですが
それをサボり、鈴木大介先生が割を食わされた話を暴露されています。
それだけでなく奨励会時代1日塾生でのサボりエピソードもあり、それがバレて職員の方に叱られて名前を聞かれると
とまさかの兄弟子の名前を偽名として使い、その場を凌ぐなど
破天荒なエピソードは数知れません。
その性格を知っているからか、大内延介先生は田村康介先生には駒磨きをせず
鈴木大介先生に駒磨きを命じていたようです。
師匠もご苦労されたのが目に浮かびますね…
そして奨励会員でもあった中学時代は、学校に行くこともなく殆ど将棋会館や道場、雀荘に
入り浸るような生活をしており、見かねた師匠の大内先生から
今日学校はどうした?
と聞かれる度に
今日は開校記念日です。
と答えていた為大内延介先生から胸倉をつかまれるなど将棋同様破天荒な言動を繰り返していたのでした…
ちなみに師匠の大内延介先生は、礼儀作法に厳しいことで有名な先生である為
弟子である程度田村康介先生の自由奔放な言動は許容されていたものの
学校に行かないことや平気でバレるようなウソを繰り返しついたことに対し
我慢ならなかった、という所ではないでしょうか。
喧嘩殺法の闇の部分ですね…
ギャンブルが趣味
田村康介先生の趣味はギャンブルで、特に競馬が好きなようで
年間200日程競馬場に入り浸っていたこともあるようです。
またもう一つの趣味である旅行もこのギャンブルと関連していて
旅先での旅打ち(旅行先でギャンブルに興じること)を楽しんでいらっしゃるとのこと。
投票権を買われる際もやはりマッハなんでしょうか…?
田村康介先生は過去のインタビューで、計画的に何かをやることがあまり好きではなく
宿も電車もその場で決めるようなことが好きとのことでした。
その日暮らしが好きで計画するとつまんなくなってしまう、という生粋の考えと
刹那的なスリルを味わえるギャンブルや思いつき旅行は、田村康介先生と相性が良さそうですね。
漫画キングダムが好き
田村康介先生はマンガも好きで、特に人気漫画の一つでもあるキングダムが大のお気に入りだそうです。
キングダムは主人公の信が昭和の時代にありがちなザ・主人公キャラで
ポンコツな所も多いが熱血漢で仲間思いの為、様々な能力を持った仲間が集い
中国の秦統一までの戦のシーンを中心に描かれたマンガとなっています。
永瀬拓矢先生もキングダムが大好きで、
連載されているヤングジャンプの発売日になると必ずコンビニに行って購入されるのだとか。
田村康介先生がキングダムファンなのはちょっと意外…主人公の信は確かに良くも悪くも刹那的な行動をするわかりやすいキャラなのですが、
どちらかというと戦略的な描写も多く描かれているので苦手ジャンルなんだと思っていました…
信もどちらかというと田村康介先生とはタイプが違いますし…
連載が終わったら一気に単行本を購入される程のファン。
見えない所でキングダムから何かを学んで将棋に活かされているのでしょうか?
喧嘩殺法と似たような戦術ももしかしたらキングダムのシーンにあるのかもしれませんね。
田村康介 生い立ち プロ入り後の戦績
生い立ち~プロ棋士になるまで
田村康介先生は1976年に富山県の魚津市にて誕生します。
しかしながら生家は東京のようで、ご実家は新宿の中心部にビルを所有されている超資産家のようです。
ご両親と1つ上の兄、そして5つ下の妹の3人兄弟の次男として育った田村康介先生。
将棋を始められたのは小学校3年生の頃で、お父様から手ほどきを受けると
なんと1週間でアマチュア6級のお父様と良い勝負をするまでに棋力を上げます。
そのまま将棋連盟の子どもスクールに通うと、半年でアマチュア3段レベルまで上達し
将棋を覚えて約1年後の小学4年時にはアマ4段、小学5年時にはアマ5段の棋力だったようです。
書いてて思ったのですが、多分田村康介先生の将棋のポテンシャル、トップクラスです…将棋を覚えて半年でアマチュア3段、これまで調べた中で該当した人いません…
本当は5年時に奨励会を受けようと思っていたようですが
何故か鈴木大介先生のお父様に、もう少し力を付けてから受けた方がいいと言われ
小学6年時に奨励会試験を受験、合格します。
しかもこの1年間も殆ど将棋については勉強せず、連盟に行っては近くの鳩森神社で
花札を使った賭け事に没頭し、それで合格してしまうのですから
やはり持って生まれた将棋の才能はとんでもないことがわかりますね…
入会後は着実に昇級・昇段を重ね15歳で初段、17歳で三段に昇段します。
三段リーグでは1期目に14勝4敗と通常であれば昇段出来る程の成績を残しますが
他に上位者がいた為、まさかの次点という結果に。
しかし三段リーグ6期目には12勝6敗という成績を挙げ、2位で松本佳介先生と共に
19歳で四段昇段となりました。
ちなみにこの時に同じく12勝6敗で次点となった堀口一史座先生は、
翌リーグにて14勝4敗の成績を挙げ見事1位で四段昇段を決めています。
プロ入り後の戦績
田村康介先生のプロ入り後の成績のハイライトは新人王戦での優勝でしょう。
後にタイトル戦に2度出場し、現在も高い実力を持つ行方尚史先生を相手に2勝1敗で勝利し
棋戦優勝を飾っています。
この他に優勝はありませんが、2015年には王位戦で自身初のリーグ入りを決められています。
順位戦はB級2組、竜王戦は3組が最高となっており、
現在は順位戦C級2組、竜王戦は5組を戦場としていますが
目に見える結果以上に、早指しの力戦調でこの結果と言うのは驚きの一言以外ありません。
将棋の勉強も殆どされず、性格的に研究会のような決まった仕事?が苦手だから思い付きで練習将棋をやる程度でこの成績…
屋敷伸之先生もあまり将棋の勉強をされず競艇に熱中していた頃があったと語られていましたが(今は相当な勉強家)
このようなタイプの先生は、生粋の勝負師であることが予想されます。
賭け事が強くて将棋は定跡ではなく力戦調。屋敷伸之先生は二枚銀を巧みに操り急戦調で勝利を重ねていました。
キャラクターこそ違いますが、お二人には間違いなく他の人にはない勝負師のDNAが流れてますよね…
AIを用いた研究が全盛期となっている現在ですが、だからこそ常識に捉われない、
人間らしい自由な指し回しで私達を楽しませてほしいものです。
まとめ
最後までお読み頂きありがとうございました。
刹那的な思想を良い意味で盤面に表現し、独特の棋風を身に着けた田村康介先生
盤外でのエピソードが豊富で、盤外でも私達を楽しませてくれる田村康介先生
将棋の才能に関しては棋界の中でもトップクラスの田村康介先生
これからも盤上・盤外問わず様々な話題を提供してくださる田村康介先生を応援します。
ダン
コメント
コメント一覧 (1件)
[…] いやまぁ確かに田村康介先生みたいな無頼派も棋士にはいますよ?しかし将棋棋士の本質は羽生善治先生のような大局観を持ち、藤井聡太先生のような謙虚さですよ? […]