叶井俊太郎が末期のすい臓がんで死去 経歴や作品を紹介 妻は倉田真由美

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悲しんでいる写真

映画プロデューサーの叶井俊太郎さんが2月16日、56歳の若さで亡くなられていたことが

妻である倉田真由美さんのXでの呟きにより明らかになりました。

今回は亡くなられた叶井俊太郎さんの生前を偲んでこれまでの経歴等もご紹介したいと思います。

目次

叶井俊太郎 末期のすい臓がんで余命宣告を受けていた

落ち込む男性の写真

すい臓がんを患っていた

叶井俊太郎さんは2022年の6月に末期のすい臓がんであることを診断され、余命半年であることを

公表されていました。

すい臓がんはがんの中でも発見が見つけにくい上に自覚症状がなく、気づいた時には既に

相当進行していることもある為、叶井俊太郎さんも発見が遅れた可能性も考えられますね。

早期発見が難しく、治療しにくいがん

半年で体重が30キロ減少

末期のすい臓がんを患っていることを公表されてから約半年後の11月には

体重が30キロ減少

食欲も性欲もゼロ

肝臓にもがんが転移している

死んだ方がましと思える程治療が激痛

チューブを首にくくりつけたり、屋上に行こうとして医師に止められる

ことを告白されています。

痩せたイラスト

余命以上生き抜き急遽本を発売

本来であれば余命半年と言うこともあり、叶井俊太郎さんが没後に

出版予定だった本ですが、叶井俊太郎さんが驚異的な生命力で余命以上生き抜いたこともあり

急遽叶井俊太郎さんがご存命のタイミングで出版されることになりました。

 

ダン

残りの時間を治療と言う選択肢ではなく、仕事と言う選択肢を取った…カッコいいですね。

泣いても治らないと開き直る

妻である倉田真由美さんは、叶井俊太郎さんが余命宣告を受けた際に

人生で一番泣いたと言える程、悲しみのあまり涙されたそうです。

しかし、叶井俊太郎さんはそんな倉田真由美さんを見て

泣いても仕方ない、泣いて治るなら俺も泣く

と気丈な振る舞いを見せたのでした。

『夫のがんが判明した昨年は、⼈⽣で⼀番泣いた⼀年だった。
「なんで泣いてるの」 泣く私に、いつも夫は⾔う。
「泣いても仕⽅ないでしょ、治らないんだし。泣いて治るなら俺も泣くけどさ」
夫はがん告知されてから⼀度も泣いていない。』

引用:エンドロール! 末期がんになった叶井俊太郎と、文化人15人の“余命半年”論 あとがきより

 

そんなポジティブな姿勢だったからこそ、倉田真由美さんも夫である叶井俊太郎さんと

余生を一緒に過ごせたのでしょうね。

亡くなる前日までは普通に生活していた

倉田真由美さんのXでの呟きによると、叶井俊太郎さんは亡くなる2月16日の前日である15日まで

毎日シャワーを浴びて身なりを綺麗に整えられ、会話も普通に出来る状態であったと言うことです。

倉田真由美さんは、妻としてもっともっと大変な思いをさせてもよかったのに、

多くを語らず、多くをさせないまま旅立ってしまった叶井俊太郎さんに対して少し思う所があったようです。

ダン

叶井俊太郎さんなりの倉田真由美さんに対する愛情だったと考えると、何となく話としては綺麗になりそうですね。

叶井俊太郎 経歴や生前の作品など

エピソードの写真

叶井俊太郎さんの主な経歴

叶井俊太郎さんの主な経歴となります。

生年月日1967年9月18日
没日2024年2月16日(56歳没)
出身東京都
職業映画プロデューサー
学歴東京都立園芸高等学校
東京スクールオブビジネス専門学校・ラジオ放送科
所属ニューセレクト、アルバトロス、ファントル・フィルム(起業)、
トルネード・フィルム(起業)、レスペ、サイゾー

主なプロデュース作品

  • 八仙飯店之人肉饅頭
  • ネクロマンティック
  • キラーコンドーム
  • アメリ
  • えびボクサー
  • いかレスラー
  • 痴漢男
  • ヅラ刑事
  • 日本以外全部沈没
  • 工場萌えな日々
  • ルネッサンス
  • BOYS LOVE劇場版
  • ギララの逆襲/洞爺湖サミット危機一発
  • ムカデ人間
  • 真・事故物件/本当に怖い住民たち
  • 恐解釈 花咲か爺さん
  • 恐解釈 桃太郎

破天荒な生き方

映画プロデューサーとしてB級、C級映画の配給や企画に携わった叶井俊太郎さんですが

生前はなかなか破天荒な生き方をされていたようで

バツ3

経験人数600人

会社を倒産させる

自己破産

前妻から損害賠償を起こされる

 

と、手掛けた映画のホラーやパロディそのもののような人生を送られていました。

本気で恋愛したのは倉田真由美だけ

そんなプレイボーイとも捉えかねない叶井俊太郎さんですが、

恋愛に関しては本気で恋愛したのは倉田真由美さんだけと言いきっています。

倉田真由美さんもバツイチで、編集者であった元夫との間に1人の子ども(男性)がおり

バツサン×バツイチ同士の結婚となりました。

出会いは共通の知人を介した紹介だったようです。

若い頃は『ヤりたい』という気持ちばかり先行していた。『俺はモテる』と勝手に思い込んで、自分のことを嫌っている人にまで、好かれているとすら勘違いしていた。

くらたま以外に3人と結婚したこともあったけど、正直『なんで結婚してしまったんだろう?』とすら、今は思うよ。もしかしたら、くらたまと出会って初めて『女性と生活を共にしたい』と思った気がする……。

これが結婚の決定打になったわけでもないんだけど、初めて同棲するために引っ越しをしたとき、改めてお互いの家にあった本のラインナップを見たら、持っている本が結構被っていたんだ。

それも、猟奇的な事件を追いかけたルポルタージュ本や『「ゲテ食」大全』(データハウス)とか、俺以外買う人がいるとは思わなかった本ばかり……。『なんでこんな本を買ったの?』と思わず聞いてしまったよ(笑)。『ヤリチン』とか『600人斬り』とかいろいろ言われてきたけど、本当はくらたまのような、お互いを分かり合える人をずっと探していたのかもしれないね」

引用:https://gendai.media/articles/-/118614?page=5

 

2009年に倉田真由美さんと結婚し、前夫との子ども(1999年生まれ)の父親となり

同年倉田真由美さんとの間にもうけた娘と2人の父親でもあった叶井俊太郎さん。

娘さんもなかなか破天荒だったようで、奥様が不在の時に弁当を買いに行くようお願いするも

LINEで忙しいから自分で買ってきて

と末期がんである叶井俊太郎さんに言い放つ程活発なようです。

ダン

ちゃんと叶井俊太郎さんと倉田真由美さんの子どもですね(笑)

 

紆余曲折を経て、お互いがわかりあえる関係性となり

家族として最後に結実したことを思うと、このまま更に年齢を重ねて

オシドリ夫婦となった叶井俊太郎さん、倉田真由美さんも見てみたかっただけに

今回の訃報は本当に残念でなりませんね。

まとめ

最後までお読み下さりありがとうございました。

56歳と言う若さで旅立たれた叶井俊太郎さんのことは残念ですが

破天荒のまま駆け抜けた生涯、そして破天荒ながら見つけた大切なパートナーと過ごした時間は

かけがえのないものであり、叶井俊太郎さんの最後を看取って下さるには

これ以上ない相手であったことも間違いないでしょう。

亡くなられた叶井俊太郎さんの生前のご活躍に対するお悔やみと、

残されてしまいましたが倉田真由美さんが気丈に活動を続けられ

更に活躍されることを心より願っています。

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